神経学的音楽療法(Neurologic Music Therapy: NMT)とは
音楽が音楽関連以外の行動や脳に与える影響、音楽によってもたらされる変化を基に、運動・認知・言語機能や社会的行動の障害に対し音楽を治療的に使用します。

NMTの対象は
脳卒中、外傷性脳損傷、パーキンソン病、ハンチントン病、脳性麻痺、アルツハイマー型認知症、自閉症、その他の運動・認知・言語(コミュニケーション)・社会行動を阻害する神経疾患が主になりますが、神経学的とは、広い意味で単に神経学的な疾患のある人々に使用するという訳ではなく、音楽を使って脳や行動機能に影響を与えることを意味します。

NMTの技法
神経学的音楽療法は運動領域3つ、言語領域8つ、認知領域9つ、合わせて20の技法があります。

~運動領域~
聴覚的リズム刺激 (RAS: Rythmic Auditory Stimulation)
本質的かつ生物学的にリズミカルな動作(その中で最も重要なものは歩行)のリハビリテーションを促進させる神経学的技法である。RASは神経学的障害による著しい歩行障害のリハビリテーションにおいて、歩行パターンの機能性、安定性、適応性の回復を促す為に、聴覚リズムが運動システムに及ぼす生理学的効果を利用する  (Thaut 2005)。
パターン化した感覚強化 (PSE: Patterned Sensory Enhancement)
音楽の要素であるリズム、メロディー、ハーモニー、動的な音響を、動作の時間的、空間的、力動的合図として提供し、機能的な運動や日常生活動作(手を伸ばす動作、物を掴む動作、重心移動、立ち上がり動作、などなど)に反映させる (Thaut et al. 1991)。
治療的楽器演奏 (TIMP: Therapeutic Instrumental Music Performance)
楽器演奏を通して、 機能的な運動パターンの訓練を行う。使用する楽器は、可動域、持久力、筋力、機能的な手の動き、手指の巧緻性と四肢の協調性などを訓練する目的で適切に選択される (Elliot 1982, Clark and Chadwick, 1980)。TIMPを行っている時は、楽器を従来通りの方法ではなく、求めている機能的な動作を促す目的でしばしば従来とは違う位置に設置したりする (Thaut 2005)。

~言語領域~
メロディックイントネーションセラピー (MIT: Melodic Intonation Therapy)
表出性失語症のリハビリテーションとして用いられる。患者の損なわれていない歌唱能力を利用し、自然な話しことばのイントネーションに類似したメロディーを歌い、唱えることで、自発的で意図的な発話を促す (Sparks et al. 1974、Thaut 2005)。


音楽による発話刺激 (MUSTIM: Musical Speech Stimulation)
歌、詞、詠唱、音楽的フレーズなどを用いて、抑揚による表現や自動的・反射的発話を促す。この技法は、馴染み深い歌の歌詞の終わりや始めを歌うことや、よく知っている曲から言葉を連想することや、音楽的フレーズを利用して機能的な言語反応を引き出す(Basso et al. 1979、Thaut 2005)。
リズムによる発話合図 (RSC: Rhythmic Speech Cuing)
リズム的合図を使用して発話開始や発話速度をコントロールする。発話パターンをプライミングあるいは発話速度をペーシングする為に、セラピストは患者の手やドラム、可能であればメトロノームを使用する。この技法は、失行のある患者の運動プランニングの促進や、構音障害の筋協調性に対する合図や、流暢性障害のペーシングを助ける (Thaut 2005)。
音声イントネーションセラピー (VIT: Vocal Intonation Therapy)
普段の発話のプロソディー、声の抑揚や声量、声質の向上を目的とする。まずは、すべての面での声のコントロール (抑揚、音高、呼吸、響き、音量)を訓練する発声練習を行うことから始める。例えば、普段の話し声の音域を広げる練習として、5音階の発声練習で、次第に音高を半音ずつ高くしていったり、低くしていったりして練習する。この練習は、よく使う文章や言葉(例:出かけよう!) を使用するなど応用することが出来る (Thaut 2005)。
治療的歌唱 (TS: Therapeutic Singing)
呼吸器官の機能向上および発話の開始、持続、明瞭な発音を促進する為に不特定に使用する。治療的歌唱は、様々な神経学的もしくは発達性言語障害に使用することができる (Glover et al. 1996, Jackson et al. 1997, Thaut 2005)。
口腔運動・呼吸訓練 (OMREX: Oral Motor and Respiratory Exercises)
構音のコントロールや呼吸器官の強化、発話器官の機能向上を目的に、主に発声や吹奏楽器演奏などの音楽的活動を用いる。この技法は、発達障害、構音障害、筋ジストロフィーなどを対象とする (Hass and Distenfield 1986)。
音楽による発達性言語訓練 (DSLM: Developmental Speech and Language Training through Music)
歌唱、詠唱、楽器演奏、音楽と発話と動作を組み合わせた活動など言語発達を促進する目的で、発達段階にあった特定の音楽や音楽活動を行う (Thaut 2005)。
音楽による象徴的コミュニケーション訓練 (SYCOM: Symbolic Communication Training through Music)
構造化された楽器もしくは声による即興演奏を用いた音楽演奏を通して、コミュニケーション行動、言語表現、発話ジェスチャー、非言語的な感情コミュニケーションのトレーニングを行う。非言語コミュニケーションは感覚的で強い情動的特性があり、社会交流におけるコミュニケーションの仕組みに即時に影響を与える (Thaut 2005)。

~認知領域~
音楽による感覚見当識訓練 (MSOT: Musical Sensory Orientation Training)
生演奏か録音された音楽を覚醒、意味のある反応、時間・場所・人の見当識の回復を目的に提示する。次の回復段階では、簡単な音楽活動を用いて、覚醒レベルを上げ、反応の質よりも量に重点を置いて、基本的な注意を持続させる訓練を行う (Ogata 1995)。
音楽による半側空間無視訓練 (MNT: Musical Neglect Training)
時間、テンポ、リズムをベースに系統立てられ、空間的に適当な楽器の配置で楽器演奏活動を行うことで、無視側もしくは注意が向かない空間に注意を向ける訓練である。音楽による半側空間無視訓練は、空間無視もしくは空間的注意障害に焦点を当てて訓練を行っている間、大脳半球を活性化させる目的で音楽を流すことも含まれる (Hommel et al. 1990: Frasinetti et al. 2002: Anderson and Phelps 2001, 305-309)。
聴知覚訓練 (APT: Auditory Perception Training)
様々な音の構成要素(時間、テンポ、長さ、音高、音色、リズムパターン、そして言語音など)を聞き分けて識別する訓練を行う。能動的音楽活動では、視覚、触覚、運動感覚などの様々な感覚様相を統合して使用する。例えば、象徴的もしくは図式的なイメージをもとに演奏する、音の触覚的伝達を利用する、動きを音楽に統合するなど (Bettison 1996: Gfeller et al. 1997: Heaton et. al. 1988)。
音楽による注意コントロール訓練 (MACT: Musical Attention Control Training)
注意機能の持続、選択、分配、転導を訓練する目的で、既存の曲の演奏や即興演奏を用い、特定の音楽的要素を合図に特定の音楽的反応を返すなどの構造化された活動、もしくは受動的に音楽を使用する  (Thaut 2003)。
音楽による音響記憶訓練(MEM: Musical Echoic Memory Training)
音響記憶(2~4秒)の保持を目的として、歌、楽器演奏や録音音楽で提示された歌詞やメロディー、リズムパターンの即時再生を行う (Thaut & Hoemberg 2016)。
音楽による記憶訓練 (MMT: Musical Mnemonics Training)
様々な記憶/想起に焦点を当て、音楽を用いて訓練を行う。音楽的刺激は、記憶を助ける手段として使用できる。時間的に組織化されたパターンやまとまりに、非音楽的な情報を順序立て、整理することで、その情報を覚えやすくする (Deutsch 1982; Gfeller 1983; Wallace et al. 1994; Claussen 1997; Maeller 1996)。
連合的気分・記憶訓練 (AMMT: Associative Mood and Memory Training)
音楽的気分誘導の技法として、a) 記憶時の気分と想記時の気分が一致する状態を利用して記憶の想起を促す、もしくは b) 学習と想起を行っている間、ポジティブな気分に誘導することで、気分と記憶の関連を利用して記憶にアクセスする (Bower 1981; Dolan 2002)。
音楽による遂行機能訓練 (MEFT: Musical Executive Function Training)
グループあるいは個人で、即興演奏や曲作りなどを用いて、組織化、問題解決、意思決定、推論、理解などの遂行機能を社会的な枠組みの中で訓練する。社会的な枠組みでは、大切な療法的要素(実時間での成果、経時的構造、創造的な過程、情動的内容、感覚システム、社会的交流パターン)を提供する (Dolan 2002)。
音楽による心理社会性訓練とカウンセリング(MPC: Musical Psychosocial Training and Counseling)
心理社会性を促進する目的で、音楽聴取、音楽的ロールプレイ、即興演奏や作曲を用い、情動コントロール、感情表出、認識の一貫性、見当識および適切な社会的相互交流に関する問題に取り組む(Thaut 2005)。